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第42回卒業証書授与式 式辞

 昨日の雪まじりの天候や本日も冷たい風が吹く中ではありますが、今年も新たな希望に満ちた春が巡ってまいりました。本日ここに、本校PTA会長様、後援会長様をはじめ 多くの保護者の皆様のご臨席を賜り、埼玉県立大宮東高等学校 第42回 卒業証書授与式が、挙行できますことに、心から感謝申し上げます。

 ただいま、普通科214名、体育科76名、合計290名の卒業生に卒業証書を授与いたしました。皆さんのそれぞれの表情の中に、「文武両道」の校訓のもと、学習や部活動に熱心に取り組み、三ヵ年の教育課程を修了した満足感と達成感を伺うことができました。

 授与した卒業証書に、大切な二つの日付が入っています。

 一つ目の日付は、皆さんの生年月日です。もちろん皆さんは覚えているはずはありませんが、ご家族の方は皆さんが生まれた日のことをしっかり覚えています。あなたが生まれたことを、家族全員で喜び、心から愛し、大切に思い、今日まで育ててこられました。だから、お渡しした卒業証書はご家族のための物でもあります。大切にしてください。もう一つの日付は今日の日付です、今日は高等学校の課程の修了が証明され、社会に出て、自らの力でたくましく生きていく大きな節目となる日付です。

 明日からは、県内唯一の普通科と体育科を有し、「文武両道」の伝統を貫き、多くの卒業生が築き、支えてきた大宮東高校の卒業生の一人になります。これからも本校発展の為に力を貸してください。

  さて、皆さんの中学校生活の終盤、それぞれに充実した学校生活を送る夢を描いていた時期に、未知の感染症は容赦なく襲いかかりました。「日常」が「非日常」へと変わり、「新しい生活様式」を余儀なくされ、大きな社会変化の波にのまれ、活動自粛・活動制限と言った、様々な制約の中で高校生活を送ることとなりました。そのような中でも皆さんは、「新しい生活様式」を受け入れ、学習や部活動において「真面目に全力で何事にも一生懸命取り組む」という本校の良き校風をあらゆる場面で体現してくれました。しかし、時には思い悩み、全てを投げ出したくなったこともあったかもしれません。そんな時には必ず誰かが寄り添い言葉をかけてくれたのではないでしょうか。それは、友人や先輩、後輩、家族の皆さん、そして先生方など、取り巻くすべての人々であったはずです。それは、すべての人たちにとっても、皆さん一人一人がかけがえのない、大切な存在だからです。ここ数年における、新たな感染症まん延の時期に、皆さんは、「お互いがお互いの存在を認め、支え合っていると言う、社会の根本的な在り方」をこの大宮東高校でより深く、確かに学びました。また、予期せぬ自然災害も起こり、私たちは、その教訓からも多くのことを学び今後の生活に生かしていく必要があります。

 誰もが穏やかに新年を迎え、「新たな年に希望を持とう」、と考えたであろう1月1日に、能登半島を中心とした地域でM7.6の大地震が発生しました。明後日、11日は、これまでわが国が経験したことのない大規模な地震と津波、原発事故が複合した大災害、「東日本大震災」発生から13年となります。当時も今も、この地震という自然の猛威に、何ら抗うこともできずに、なすすべなく叩きのめされましたが、多くの人々は、やり場のない怒りを他者へ向けることなく、愚直にひたむきに、手を携え、人命救助、復旧・復興に取り組み、能登半島の皆さんは今も強く逞しく、助け合って生活されています。この大きな災害から復興している震災地域の方々と同様、皆さんの高校3年間における、「苦境」や「逆境」から学んだ経験は貴重な財産となります。今後の生活の中で、その経験を生かすことが出来れば、必ずや豊かな人生が約束されるに違いありません。東日本大震災で大きな被害を受け、避難所として利用されていた体育館の中で行われた、宮城県のある中学校の卒業生生徒代表の答辞の一節を紹介します。

「辛くて、悔しくてたまりません。時計の針は14時46分を指したままです。でも時は確実に流れていきます。生かされた者として顔を上げ、常に思いやりの心を持ち、強くたくましく生きていかなければなりません。命の重さを知るには大きすぎる代償でした。しかし、苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていくことがこれからの私たちの使命です」と。卒業式の参加者はもちろん、避難されていた地元の方々も自然の猛威に無力さを感じ、誰もが、その苦しい状況に明日への希望も失いそうになることもある中での答辞の一節、全文ではありませんが、心打たれる言葉です。心が折れそうになったり、望みを失いかけた時などは、この中学生の答辞にある「苦境にあっても天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていく」を心に留めたいものです。

 未知の感染症や災害に加え、AI技術の進化に伴うデジタル社会を迎えた現代の社会状況は一層混とんとし、私たち大人が、大きな課題を持ち越してしまったことを深く反省しつつ、その解決を君達若者へと託さざるを得ません。この3年間で感じたとおり、これからの社会も、理不尽な出来事や、思いもよらぬ事態に遭遇し、予測できない変化の激しい時代を生きていくことになります。前例や明確な正解もない、多様な価値観の中で、人々が共に生きていく社会です。皆さんが進む未来や社会は、決して希望に満ちた明るいものとは限りませんが、今後、心豊かで平和な住みよい社会へと変えていく使命が託されているのと同時に、一度きりのかけがえのない自分自身の人生を、豊かで充実したものにしてほしいと願い、餞の言葉を送ります。それは、「学び続ける心を持つ」と言うことです。「勉強」や「学習」という言葉からは「やらなければならないもの」という受け身の印象があります。しかし、それを「学びとる」いう言葉に言い換え「自己を高めるための積極的な行為」と能動的に捉え考えてほしい。人は元来、「出来なかったことが出来た時の喜び」や「知らなかったり、わからなかったことが理解できた、知る喜び」を欲し、自己を高めることに喜びを見出しながら成長していきます。また、「学ぶ」ということを「知識を得る」と捉えたとき、あるテレビドラマのセリフに、『「知るか」「知らないか」たったこれだけの違いで、有利か不利かの差が出る。つまり、「知らない」ということは恐ろしいこと。逆に知識や情報を「知る」ということは、幸せをもたらす強力な武器となる』とありました。今後、皆さんはそれぞれの道に進みます。大学や短大、専門学校で多様な知識や技能を「学び」、あるいは、民間企業や公務員として実社会に進み、新たな知識や技能を習得する「学び」もあります。「学び」は一生続きます。いかなる境遇にあっても、「学び」に終わりはなく、「知識はないよりあったほうが、より生きやすくなる」のは当然のことです。繰り返しとなりますが、変化の激しい社会は続き、環境問題や貧困、地域紛争など、簡単に答えを見い出すことは益々困難になります。そのような時は『他者との対話や協働によってその時々の「納得解」「最適解」を見つけていく』ことが必要となります。この先、新たな課題に直面した時でも、皆さん一人一人が、今現在、持ち合わせている「知識」や「技能」を総動員して、その時々の最良の判断で人を思いやり、真心をもって人に尽くす行動が不可欠であり、その根幹にあるのは「深く確かな学び」です。やがて到来すると言われる「人生100年時代」に向けて「自己を高めるための積極的な行為」として「学び続ける心を持つ」この言葉を餞の言葉とし送ります。

 校長として、皆さんにかける、最後の言葉になります、私は、縁あって君たちと3年間を共に過ごしてきました。各大会で活躍する姿や、行事等に一生懸命取り組み、日々成長する姿に立ち会うこともできました。一方で、時には苦言を呈し、厳しく教え諭す事もありました。そのすべてが、私にとってこの上ない機会であり、喜びであり、君たちを誇りに思い、どれも素晴らし記憶として心に刻まれています。やがて来る、それぞれの交差点で、迷い、立ち止まることもあります、それでも人はまた歩き出します。道に迷った時は振り返ってみてください、歩いてきた道はあなたの後ろにずっと続いてるはずです。その道がこれから先、どこに行くべきかきっと教えてくれます。時には遠回りもいいものです、見えなかった景色が見れたり、気づかなかったことに気づいたり、新たな出会いもあるかもしれません。皆さんの人柄なら、応援し、支えてくれる人たちにきっと出会えるはずです。いつまでも変わらぬ、皆さんのその笑顔が、一層輝くように、皆さんの明日が、一層晴れ渡るように、ずっと祈り続けています。手探りでいい、ゆっくりと、「幸せな人生」へと歩みを進めてください。

  保護者の皆様、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。大切に育ててこられたお子様の立派に成長された姿に感慨もひとしおのことと存じます。感染症等の影響により、学校生活内外における計り知れぬご苦労があったかと存じます。しかし、お子様が見せる一瞬のその笑顔に、喜びと感動があり、私たち教職員も、日々の成長に寄り添うことで、多くの感動と勇気を得ることができた3年間でした。大宮東高校での高校生活を経て、お子様は心身ともにたくましく、頼もしい成人へと成長されました。どうか輝ける前途を温かく見守り、これからも支えていただきますようにお願いいたします。3年間にわたり、本校の教育活動推進に、温かいご支援と多大なるご協力を賜りましたことを、心から厚くお礼を申し上げます。今後も引き続き、お力添えのほど、よろしくお願いいたします。

  終わりに、羽ばたく卒業生の皆さんの限りない幸せをお祈りするとともに、保護者の皆様の一層のご健勝とご発展を祈念いたしまして、式辞といたします。

            令和六年三月九日   埼玉県立大宮東高等学校 上條 岳